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ここは元、陸軍被服廠があった場所で、関東大震災(1923年)では多くの犠牲者を出したが、1930年震災記念堂として創建され、東京市に寄付された。
その後第2次世界大戦でも再び東京は焦土と化し、大勢の方が亡くなったため、各地に仮埋葬された身元不明者の遺骨を納骨堂に改葬し、戦災者改葬事業が完了した1951年に「東京都慰霊堂」と改称された。
本堂は伊東忠太設計。施工は戸田組である。堂内に戦災直後の日本橋・浜町付近の航空写真(アメリカ軍撮影)を見て、終戦直後の日本橋クラブの現場を思い出し感無量。
復興記念館前の美麗なカンヒザクラが満開だった。 |